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ディックのSFではない作品『市に虎声あらん』

フィリップ•K•ディックが23歳のときに書いたSFではない文学作品。

あらすじ

主人公のスチュアート•ハドリーはTV店で働いている。自分は何かと違うと感じながら、あるとき、黒人教祖のベックハイムの説法を聞きいって、ベックハイムに会いにいってから、ハドリーが狂っていく…。

感想

本当にディックの作品?と思いながら、読み進めていくと後半でやっと、主人公ハドリーの救われない人生が描かれてディックぽく感じる。 この本の解説者のお二人は傑作と述べているが、私みたいなSF作家としてのディックは好きだが、宗教的文脈がわからない一般人にはとっつきにくい小説になっている。

それでもなんとか読み終えることができた理由は、ディック作品をそこそこ読んできたからかもしれない。解説にも述べてあるが、この作品以降に書かれたディックのエッセンスが本作に散りばめられているからだ。 そのため、フィリップ•K•ディックという作家を知らずに本作を読み始めるとおそらく手こずるだろう。

ディック自身は純文学作家として執筆していきたかったが、まったく目が出なかった。 その理由が本作を読んで、それが理解できる箇所がある。ハドリーのような救われない主人公が生きる物語にSF的なギミックがなければ、単調で読み手の読解力が問われる物語になるということ。

そして、おもしろいことに、SF作家としてのディックの物語を楽しんできた者にとっては、「この人物はあの作品のあの原型か?」などと思いながら読みながら楽しめるのである。

著)フィリップ•K•ディック 訳)阿部 重夫 ハヤカワ文庫