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SF的な哲学本『答えのない世界に立ち向かう哲学講座』

「哲学」と聞くと難しいイメージが浮かぶのだろうか? 個人的には、飲茶氏の著書『史上最強の哲学入門』『14歳からの哲学入門』等を読んだおかげで哲学系の本にも触手を伸ばすことができるようになった。そのおかげもあって積読本のマイケル・サンデルやジョンスチュワート・ミルなども読了できたので、それほど苦手意識は感じなくなった。

まだノージックロールズなどこれからも読みたい哲学本はやまほどあるので詳しいわけでもない。しかし、時間は有限だからそれらを網羅していると、他の分野の本が読めなくなるわ!と、いつも頭の中で反芻していた。そんな考えを横におき、すこしだけ脱線して、今自分に必要な哲学は何?と自問して、それにふさわしい哲学系の書籍を手に取ろうと考えました。

そうすると「現在のテクノロジーの進化によって人間の思考が変化するのか?」みたいなテーマの本が読みたい!となって、たまたま見つけたのがこの本。自分の問いにピッタリだったわけです。

さて、この本では自動運転、Ai、クローン作成など、近い将来使われそうなテクノロジーが私たちの思考や概念を崩していくかもしれない。ということをテーマに、既存の哲学者の考えや哲学問題を取り上げ、前述のテクノロジーに応じた思考の術を教えてくれる。さらに、講師と多種な分野で活躍する社会人がディスカッション形式で行なわれた講義を書籍化したものとあって、たいへん読みやすい。

この本で論じているのは、たとえばAIの責任問題。自動運転でまっすぐ直進すると壁に激突して運転者が死ぬ。ただし、AIがハンドルを切ると壁をよけることができるが、そこには歩行者がいたため轢いてしまう。そのような事故でおきた過失は誰が責任をとるのかという問題。 車のオーナーか?自動運転の車を作ったメーカーか?はたまたAI自身か?という問いが出される。もちろん答えはない。え?AI自身に法定責任をとらせるの?なんて考えていたら、この本ではピーター・シンガーダニエル・デネットなどの哲学者の考えを持ち出して、将来のAI自身の責任の根拠をいろいろ提案してくれてます。さらに、

近代法は、人間を「身体と人格が一体となった存在」とみなすわけですが、その前提が崩れつつあります。シンギュラリティ論でいわれるように脳の情報をコンピュータ上にアップロードできるということになると、今度は人間と脳の処理がほぼ同列になり、その狭間がどうなるのかわからなくなってくる。AIやロボットを近代制度と同時に考えると、逆に人間とは何かを考えなければいけなくなる。❞(本書引用)

とあって、AIの責任論を論じていたら、人間の条件という話になってくるわけです。AIに責任が取れる能力があったり、主体性があるロボットがこの世にでてくると、わたしたち人間の条件も不確かだという話になり、さらに人間そのもの定義条件が変わってくるとしたら、法的整備をはじめ、今までの価値観をかなり変えていかないといけない話になるわけです。

まさしくSFのテーマになりそうなことが、現在の哲学者が考えているわけです。すごい。 このような感じで、この他にも、ゲノム編集、資本主義、国家などを話題に、今までの価値観を揺るがす課題に対し哲学を用いてアプローチしていく本です。 本書では哲学本好きにとっては、すばらしいブックリストも載っているので、それだけでも満足してしまいそうですが、SFの世界と現在が繋がり始めている感覚を味わえる本でもあるので、そういうものを求めている人にオススメの本でした。

『答えのない世界に立ち向かう哲学講座 AI・バイオサイエンス・資本主義の未来 』 岡本 裕一朗 (著) 早川書房