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人が死なないミステリ『ロンドン•アイの謎』

『ロンドンアイの謎』はヤングアダルトミステリのジャンルに分類されるであろう、「人が死なない」ミステリ作品だ。
著者のシヴォーン・ダウドは2007年に『ロンドンアイの謎』を刊行するも翌年、乳がんで47歳という若さでこの世を去った。(詳細はこちら:リンク)。彼女の作品はわずか2作品のみで、その魅力は広く知られているようだ。


あらすじ

主人公のテッドは「とある症候群」という特殊な脳の働きを持つ12歳の少年で、将来は気象学者になりたいという夢を抱いている。ロンドンを訪れたテッドは、いとこであるサリムと一緒に巨大な観覧車「ロンドンアイ」に乗ろうとする。
サリムは一人でロンドンアイに乗り込み、テッドと彼の姉カットは一周して戻ってくるのを待つが、カプセルから降りてきたときにはサリムの姿はなかった。
なぜサリムは閉鎖された巨大な観覧車からどのようにして姿を消したのか?
テッドは姉と共にロンドンの街を探索し、サリムの行方を追いかける。
テッドはシャーロック・ホームズのような論理的思考力を駆使し、手がかりを一つずつ検討しながら謎を解き明かしていくという物語だ。

手がかりを頼りに推理すること

物語の中で謎解きの手がかりもしっかりと描かれており、読者はテッドたちと共にサリムを探すという同じ体験をすることができる。
大人になると私のような人は、過去の読書経験から勝手に頭で妄想し、謎を急いで解明しようとしてしまいがちで、テッドのように論理的に物事を考えることを忘れがち。実際、ロジカルシンキングという言葉も流行するくらいだから、大人になると論理の飛躍や先入観、他のことに気を取られてしまう忙しなさのせいで、手がかりを一つずつ論理的に考えることが難しくなるのだろうか。
もちろん、大人でもテッドと同じように論理的に考えれば同じような体験をできるのだ!

テッド少年の特徴

テッドは一般の人とは異なる脳の働きを持つ「とある症候群」の少年という設定。
この本で言及されている「とある症候群」とはおそらくアスペルガー症候群のことだろう。
アスペルガー症候群は社会性、コミュニケーション能力、想像力、共感性、独自の興味・こだわり、感覚過敏などが特徴的な発達障害のことだ。
テッドにもこのような特徴が随所にみられて、特に空気を読めない傾向や強いこだわりを持つ表現が本書でわかる。
例えば、テッドが自分のおばさんについて父親に尋ねる場面では、次のように描かれている。

僕はパパに、それはどういう意味なのか、僕みたいにぶきっちょなのかと尋ねた。パパは、物を壊すならそれほどひどくないけど、おばさんは人間や気持ちを壊すんだと言った。悪い人だってこと、と僕は尋ねた。パパは、わざとやってるわけじゃない、だからちがう、ただ手に負えない人なんだ、と答えた。手に負えないってどういうこと、と僕が尋ねると、はみ出し者なんだよ、と答えた。はみ出し者ってどういうこと、と僕が尋ねると、パパは僕の肩に手を置いて『後で話そう、テッド』と言った。

しかし、テッドは特定の分野においては驚異的な知識と集中力を発揮する。そのため、彼は記憶力と知識を駆使してこの事件を解決していく。
著者は、おそらくテッドのような症候群を持つ人々と接してきた経験があるのかも?と思うくらい、テッドという少年を理解されやすく描いている。

コミュニケーションとは

この物語はテッド少年の成長を描いたものでもあり「コミュニケーション」がテーマの一つとなっている。テッドの姉カットと彼らの母親との間には相互の理解の不足があり、サリムと彼の母親との間にも隔たりがある。また、テッドのような先天的にコミュニケーションが得意でない人物を主人公にしたのも「コミュニケーション」のテーマを浮き彫りにする意図も感じるのだ。
物語を通じて、わずかな行き違いが生じることで家族の問題が発生し、現代社会の家族が抱える問題の一つとして浮かび上がせているのではないのだろうか。
この要素が、単純な児童向けミステリを超えて、子供や大人の枠を越えた、さまざまな読者にとっても共感できるエッセンスとなっていると思う。
私自身も、テッドのパパのように、子供に対して穏やかに接することができているのだろうかと自問自答してしまう…。

おわりに

ミステリのジャンルというのは、ある人が死んで、その犯人を見つけることが多いと思うが、本書は「人が死なない」ミステリで、失踪した人物を見つけるという内容だ。ミステリ好きでも、たまにはこういう本に手を出してみて、心のつながりを大切にするテッド少年の物語を楽しむのも良いのでは?
人々が次々と死ぬ米花町の少年探偵のミステリアニメよりも、「人が死なない」ミステリに魅了されてもいいかも。

『ロンドン•アイの謎』東京創元社 (著)シヴォーン・ダウド (訳) 越前敏弥