はじめに
今年の6月初旬、大腸ポリープ切除のため1泊2日の入院予定だったが、ポリープ切除中に腸に穴が空いてしまい、1週間の入院延長を余儀なくされた。
その間、絶食と点滴で生きながらえる日々を送り、映画『セブン』に登場する点滴で生きながらえた人物を思い出した。
それはさておき、その入院に持っていった一冊の小説が、アンソニー・ホロヴィッツの『死はすぐそばに』だった。
「いや、縁起でもない本を入院する病院に持ち込んでしまったな」と苦笑いしながら、入院中に読み耽ったと記憶している。

『死はすぐそばに』とは?
この『死はすぐそばに』は、作者アンソニー・ホロヴィッツが語り手として登場し、元刑事のダニエル・ホーソンと手を組んで殺人事件を解決するバディもののシリーズ第5巻にあたる。
これまでこのシリーズを紹介してこなかったにもかかわらず、なぜ第5巻を紹介するのかというと、過去4巻とは物語の体裁が異なるためいきなりここからこのシリーズに入ってもいいのではないか?と思ったからだ。
また、このシリーズは1巻ごとに事件が解決しており、ホーソンとホロヴィッツ以外の登場人物の背景情報は都度語られるため、過去の事前情報がなくても楽しめる。
実際、このシリーズの新刊が出るたびに、これまでの物語の内容が頭からきれいになくなっているため、いつもシリーズの途中から参加している気分なのだ。
物語の体裁について言えば、これまでの4巻はホロヴィッツ自身が語り手として物語られていたが、『死はすぐそばに』はこれまでとは異なる三人称視点で語られている点が特筆される。
シリーズ愛読者へのサプライズ
冒頭から三人称視点で語られると、シリーズ愛読者であれば、まるでこのシリーズではない別のミステリ作品を読み始めたかのような違和感を覚えるだろう。
ホーソン&ホロヴィッツシリーズを全く読んだことがない者が手に取ると、しばらく読み耽ってもホーソンとホロヴィッツであるはずの人物が誰一人登場しないことに気づき、「本当にシリーズものなのか?」という疑問を抱く体験をする。
これを『ワンピース』で例えるなら、ルフィやゾロが登場せず、海軍のコビーがメインの話を聞かされ、後半ルフィが出てくるようなもの。
本作の魅力と作者の仕掛け
ミステリを紹介する際は、物語の中核を伏せて語りたい。
今回の『死はすぐそばに』でとりわけおすすめしたい点は、原作者ホロヴィッツが仕掛ける、見事なフーダニットおよび密室ミステリであるということだ。
犯人、動機、トリックは読書が納得するように仕向ける。結末もに読書に考えさせるような仕掛けを残しておく。
ミステリ好きであれば読んで損はない。
日本人読者として嬉しいのは、日本の某ミステリについて、作者のホロヴィッツが小説内のホロヴィッツに語らせている箇所があることだ。
ホロヴィッツ自身の「ミステリ・アンテナ」には感服するばかりだ。何について語っているかは、実際に読んで確かめてほしい。
おわりに
『死はすぐそばに』が三人称視点で語られる理由は、フーダニット物との相性の良さが一つとして挙げられるかもしれない。
また、これまでの主人公であるホーソンとホロヴィッツが物語の途中から参加してくるスタイルも、この第5巻目からこのシリーズに入っても楽しめるようにという作者の優しさなのかもしれない。
今度入院するときは持っていく本のタイトルは縁起のよいものにしようと思う。
『死はすぐそばに』アンソニー・ホロヴィッツ 著 山田蘭 訳
(創元推理文庫)