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つらくなったら全力で逃げる『地下鉄道』

小説を楽しむ方法はいくつかある。物語の構成や描写を楽しんだり、主人公の視点から、物語の中で同じ体験を味わうのもそのひとつ。『地下鉄道』はアメリカの大規模農園の奴隷として使役されていた黒人の視点からその当時の世界を味わえる物語である。

主人公は1800年代のアメリカ南部の農園で奴隷として生活している少女コーラ。ある日、ともに奴隷して使われている青年シーザーに農園から逃げ出そうともちかけられる。当初、コーラは逃げ出すつもりはなかった。しかし、コーラの母親メイベルがかつて突然と農園から逃げ出したこともあって、もしかしたら母親に会えるという期待をもとに、コーラもシーザーとともに農園から逃げ出すのだ。そこで逃亡に使われるのが地下鉄道。地下に張り巡らされた鉄道は、北部へとつながっている。北部では黒人が比較的自由に生活できているため、ふたりは地下鉄道を使い北部へと逃げるのだ。

当時のアメリカにはこのような地下鉄道は存在しない。もちろん作者が作り出したフィクションだ。しかし、当時は奴隷解放支援の秘密結社として、「地下鉄道(アンダーグラウンドレイルロード)」という団体があったらしい、その名前から作者が着想を得たのであろう。

この物語は少女のコーラがひたすら逃亡を繰り返す。その先で出会う奴隷解放を手伝う白人や自由黒人に助けられ、生き延びようとする。それに対して、農園の主はコーラを連れ戻そうと、奴隷狩りを雇い、その後を追わせる。奴隷狩りの追跡とコーラ達の逃亡の緊迫さのおかげでエンターテイメント性が増すことでこの物語に惹き込まれてくのである。

この物語のテーマはアメリカの黒人人権問題を扱っているのはもちろん、それに付随するアメリカの歴史に目を向けさせているというのが正しいと思う。つまり、アメリカの開拓時代はネイティブアメリカンから土地を奪い、開拓した農園に奴隷としてアフリカ大陸から人々を連れてきたという歴史。

その後、南北戦争が勃発し奴隷解放宣言がなされるが、奴隷を使役していた歴史が根源であろう人種問題が、21世紀のこの世でもいまだに続き、トランプ政権下でおきたBLMの渦は世界に広がっていった。

現在まで続く人権問題について根深く薄暗いアメリカの歴史を暗喩したシーンが『地下鉄道』にある。コーラとシーザーが地下鉄道に乗り込むときに案内してくれた者に言われた言葉だ。

「この国がどんなものか知りたいなら、わたしはつねに言うさ、鉄道に乗らなければならないと。列車が走るあいだ外を見ておくがいい。アメリカの真の顔がわかるだろう」

コーラとシーザーが乗り込んだのは地下鉄道で、外を見てもそこにはトンネルの壁しかない。暗闇のなかのトンネルの壁。アメリカの真の顔はいまだ暗闇の中なのかもしれない。

当時のアメリカの人種問題が根深く、今日まで続いているせいなのか『地下鉄道』というフィクションが、実はノンフィクションを読んでいるのではないか?という錯覚を感じる奇妙な物語だった。

(『地下鉄道』コルソン・ホワイトヘッド谷崎由依早川書房