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#15 『見てしまう人びと 幻覚の脳科学』はオススメ本

ハヤカワノンフィクションセールでポッチて積読していた本で、年末の休みにおもしろくて一気に読めた本です。 神経内科医としてのオリヴァー・サックスが診てきた&自分で体験した幻覚の話を種類別にまとめたアンソロジーの体をなした内容でした。

幻覚と聞くと、統合失調症の病気においてのひとつの症状として知られているため、すぐに病気に結びついてしまうのが多くのひとの印象だと思います。この本ではむしろ病気だけでなく、単調な仕事をしている人、睡眠と覚醒の間、ドラッグ、さらには視力の弱ってきた人の幻覚などなど(病気が原因よりもおおい)について、著者の診療経験や体験を科学的根拠をもとに、一般人にわかりやすく語ってくれています。

目次で、「模様ー目に見える片頭痛」とあり、片頭痛持ちの私はこの章から読まざるを得ない!と思い、真っ先に読んでみました。 ちなにみ、私の片頭痛の症状の場合は数年単位で起こります。片頭痛患者によくある、幾何学模様の「何か」視界に現れ、消失したのち、頭痛&吐き気が2時間程度続くものです。 幾何学模様の「何か」は医学用語で閃輝暗点と呼ばれているものですが、詳しいことはわかっていないようです。その幾何学模様のパターンも幻覚の一種であるとのこと。

この章において、著者が新米医師の頃に片頭痛診療所で勤めてたころ、幻覚、幻嗅、などの症状がないか必ず質問していたといいます。さらに本人も片頭痛が起きるらしくその前駆症状として、「バターを塗ったトーストのにおい」の幻嗅を感じたあと、幾何学模様のパターンが視界に現れて片頭痛が起こったと語っています。くわえて、片頭痛が視覚や嗅覚におよぼす影響も科学てきにこの章で説明してくれています。しかし、その科学的説明に終始するのであればあれば、よくある医学解説本で、「へぇー」という感想でしかないですけれど、オリヴァー・サックスはこの章の結論でこのような説明しています。

❝実のところ片頭痛で生じるような模様は、イスラム芸術、古代ギリシャ・ローマや中世のモチーフ、メキシコのサポテカ族の建築物、オーストラリア のアボリジニ芸術の樹皮絵画、アメリカ先住民のアコマ族の陶器、 アフリカ のスワジ族の籠細工など、ほぼあらゆる文化に何万年も前から見られる。❞

❝ 〜(略)雪の結晶の生成、荒れ狂う波のうねりと渦巻き、周期的に振動する化学反応にも見られる。このような場合も自己組織化によって、片頭痛前兆で見られるものととてもよく似た、空間的・時間的な配列とパターンが生み出されている。この意味で、私たちは片頭痛幾何学的幻覚によって、神経機能の普遍的特性だけでなく自然そのものの普遍的特性を、自分自身のなかで経験できるのだ。❞

この引用だけでは分かりづらいのですが、片頭痛で診られる幾何学模様の幻覚は、自然に存在する幾何学模様の典型である雪の結晶や、海にできるに渦巻き、さらにそれをもとにしてデザインされたであろう各時代の美術品のパターンに似ていると言っている。その事実から、私達自身も自然そのものであることを、片頭痛でみられる幾何学模様の幻覚で経験できると結論づけています。

この本のオススメどころは普通の人でも幻覚が度々おこることを説明してくれるのはもちろんのこと、前述の引用のような著者の横断的な知識による、独特な解釈も楽しめるところです。知的好奇心が湧く一冊です。