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本、映画、ドラマをとりとめなく語るブログ

『The Coddling of the American Mind』は教育者向けの本だった。

はじめに

ツイッターのタイムライン上で題名を見ただけで吸い寄せられるようにkindleでポチった未邦訳だった本書。

当初は気が引けていたが、英語圏読者の感想がポジティブで、内容も面白そうだったのと、ノンフィクションなので、英語の言い回し(比喩と引用)に苦労することが小説に比べて少ないだろうと思い読む気になった。

とはいえ、英語能力は高校生くらいなのでkindleの辞書機能とDEEPL翻訳というアプリを使い倒し、さらにはわからない英文はGoogleで検索しまくってなんとか読み切った。

著者は?

グレッグ・ルキアノフ(Greg Lukianoff)は憲法学者教育における個人の権利財団(FIRE)のディレクター。ジョナサン・ハイト(Jonathan Haidt)はアメリカ合衆国社会心理学者。バージニア大学心理学部教授。専門は道徳心理学(wikipedia他参照)

なんの本なのか?

本の題名をDEEPLで訳すと、『アメリカ人の心の甘え』と表示された。これだけではなんの本なのかはあまりピンと来ない。

私なりに内容を超訳してみると、

アメリカで子どもたちを様々な危険から避けまくって、甘々と育てた結果、若者たちが不安と抑うつが多くなって、自分と違う意見の人間はみんな敵と思うようになって、世の中には私たちと(善)、とそれ以外(悪)の世界で構築されていると思い込んでしまって本当に困ったでござる(泣)さらにその世代が大学にやってきて、キャンパスが大変なことになったでござる。だから親御さんや教育者たちは、こんな風に子どもたちと接して、こういう風に教育したらいいんじゃないか?」

という問題提起と実用指南が混ざった、社会貢献度の高い内容の本である。

なぜこの本を読んだのか

ここ数年で社会的な分断が世間で注目されてきた。とくにアメリカ。

それらのニュースを見てると、そもそも社会的分断がおこる理由てなんでしょう?と問うた時に、TVのコメンテーターは、人種差別ガー、所得格差ガー、世代間の問題ガーなどあたり触りないコメントをしているのを聞いると、そうではなくて、さらにもう一段掘り下げて、もっと根源的なものは何か?と疑問を抱く。

その数ある根源的なものひとつが、教育や子育てなのかもしれなと、感じていたところ、この本に遭遇した。

3つの大きな不真実

筆者たちはアメリカ社会の中に大きな3つの不真実(untruth)があるといってる。現在の若い世代ががその3つの不真実の中にある社会で成長していて、その若者たちは困難に打ち勝てず、ストレスに弱く、批判した相手は敵だと思い込む傾向があるといっている。

その3つの不真実は

①What doesn’t kill you makes you weaker.

② Always trust your feelings.

③ Life is a battle between good people and evil people.

である。

私的に超意訳すると、①困難は自分を弱くする。②つねに感覚を信じろ。③人生は善良な人間と悪しき人間の戦いである。

これら3つの偉大な不真実で、アメリカ社会の由々しき状況になり、すでに大学キャンパスではポリコレやキャンセルカルチャーに関わる出来事が起きている。さらに現在24歳以下の世代(iGenまたはGenZとよばれる)が抱えている問題を具体的に取り上げ、考察し、その対処法を親と教育者への提言している。

what doesn’t kill you makes you weaker(困難はあなたを弱くする)は真実ではない

本書の不真実のひとつを紹介する。この英文を直訳すると、…。うまく訳せない。ということで、Google先生の出番である。検索すると、「What doesn't kill you makes you stronger.」と出てきて、weakerではなくstronger と出てくる。

ニーチェの言葉が元になっていることわざで、訳すと「死なない程度のことなら、あなたを強くする」らしい。そこをもじって、what doesn’t kill you makes you weakerを訳すと、「死なない程度のことなら、あなたを弱くする」さらに意訳すると「困難はあなたを弱くする」になる。

筆者たちはアメリカ社会では、身の危険を守ることが第一になって、少しの困難や苦労からも遠ざけるようになった、と論じている。それをセーフティズム(safetism )と呼んでいる。日本語にすると、安全至上主義とでも呼べばいいのか?

本書にあげられた簡単な例は、クラスにピーナッツアレルギーの子どもがひとりでもいた場合、他の子どもたちもピーナッツが含む食品のランチボックスを学校へ持ちこむことができなくなったという話。ちいさな危険でも晒らさないようにして育てられた子どもたちは、成長するとうつや不安を抱き、さらには若い世代の自殺の件数を増やしていると統計を示しながら述べている。

筆者たちは1980年代からトラウマを与えないことやセーフティズムの観点から子どもの過保護が正当化されてきたが、それは誤りだったのかもしれないと述べていてる。子どもたちは脆弱に対抗する能力(反脆弱性)があり、さまざまなことを幅広くインプットすろことができ、それに対応することができると説明する。

子どもはチャレンジやストレスに晒され、失敗しいくつか成功し能力のある大人になっていく。それはまるで身体の免疫システムのようにと。それゆえ、小さな危険があれば幅広く子どもたちを守ろうとするセーフティズムの考えは、子どもたちからチャレンジやストレスの脆弱への経験を奪い、大きなった若者は脆弱で不安、自分たちは犠牲者だとみなす傾向にあると述べている。

今の親世代が子どもだった1970から1980年代のアメリカは身の危険が至る所にあった。そこでセーフティズムの考えがでてきて守られてきた子どもたちが、親になり受け継がれたセーフティズムの考えが、さらに深くなってきた。その弊害が現在の子ども達の世代起きているとのことだ。

アメリカだけでなく、わたしたち日本の子育ても「苦労はかってでもしろ」「かわいい子には旅をさせろ」とか口ではいうが、私が子どもの頃より自分たちの子どもには、無意識のうちに安全至上主義のように扱っているところがあるな。と思うのである。

iGen または Gen Z

この本でとりあげられている若い世代は、iGenとは生まれてからすでにインターネットなどデジタルツールがあり、思春期のころにはSNSを使っている世代で、一般的にはGen Zとも呼ばれている。

iGenの特徴は、・飲まない・吸わない・危険な運転は控える・セックスもあまりしない。・なにかしらのストレス下にある。・他の世代に比べると成長が遅い。・親の超過保護の育児(ヘリコプターペアレンテイング)にあっている。・他の世代に比べると不安と抑うつの増加がみられる(とくに女子)・男子は他の世代に比べると自殺が多くなっている。など。

女子にはSNSにおける他者からの「取り残され感覚」の恐れから、ひたすらスマートフォンの画面をスクロールしがち。その結果、画面を向う時間の増加で、自分の志向にあった情報が入ってきてバイアスが生じる。それが一因となり、取り残され感覚も相まって、世評や社会的ステータスを傷つけようと攻撃的な傾向が男子に比べると生じやすいと述べている。

女子ではSNSで他者との「ソーシャル比較」による影響で苦しんでいる。とくにデジタルで強調された美に対するコンプレックスに起因していることが多い。

iGenが大学生になり、アメリカの大学では、キャンパスに来る外部の講演者がキャンセルされる事態になっている。さらに一部では講演者に対する抗議活動も行われた。なぜそうなるのかというと、講演で行う学生への質問が脆弱な学生らを傷つけてしまうからというもの。iGenはパラノイド的な育児の影響から、親の保護下に無い状況で、子どもたちだけの「自由な遊び」が少なかった。

心理学者の筆者は「自由な遊び」は子どもの神経的な発達に大きく影響を与えるという。なぜなら「自由な遊び」は協調を必要とし、論争を解決するスキルを発達させる手助けになるからだと説明している。さらにスマートフォンによるデジタルデバイスの登場で、その時間に費やし、子どものころからこの「自由な遊び」に費やす時間も大きく変わってきたことにも言及している。

さいごに

アメリカ社会の若者についての内容なのだが、日本の社会に当てはまることも多いので、子育てや教育に携わる人は読んでほしいと思う。しかし、いかんせんこのような本は邦訳されないかもしれない。海外でどれだけベストセラーになったとしても、日本社会にあてはまらないとか、日本では売れないとか理由がかわからないが。

ただし、私みたいな英語能力が大学受験すらもあやしい人でも、冒頭で披露した方法を駆使し、時間はかかるかもしれないが、英文を読み進めることができる。筆者のうちジョナサン・ハイトは心理学者でもあるので、iGen たちへの対応や、親や教育者たちへの本書で提言をしているので参考にされたい。さらに勉強したいと思いなら参考文献や参考記事が秀逸である。

子どもたちを脆弱性に強く、能力のある大人へ導きたいと思う方は是非読んだほうがいい。実はこの本「ポリコレ」「キャンセル・カルチャー」という言葉をらネットで目にして気になるひとも、政治・社会的な観点でもちろん読むことできるのでオススメなのだ。私は当初の思惑とはズレてしまうが、この時代の子育てとして参考になった。

『The Coddling of the American Mind』グレッグ・ルキアノフ ジョナサン・ハイト